無智(八正道)

2017.03.27 無智(八正道)

無智
 
増谷文雄訳 阿含経典第3巻、道相応1
南伝相応部経典 45、1、無明
漢訳雑阿含経 28、2、無明
 
 
かようにわたしは聞いた。
ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祇陀)林なるアナータピンディカ(給孤独)の園にましました。その時、世尊は、もろもろの比丘たちに告げていった。
「比丘たちよ」
「大徳よ」
と、比丘たちは世尊にこたえた。世尊は説いていった。
「比丘たちよ、無明まずありて、よからぬことどもの生ずれば、それにしたがって無慚・無愧(むぎ)のことどもが生ずるのである。
 比丘たちよ、無智まずありて、無智の者となれば、それにしたがって正しからぬ見方が生ずる。正しからぬ見方が生ずれば、それにしたがって正しからぬ思い生ずる。正しからぬ思いが生ずれば、それにつれて正しからぬ言葉が生ずる。正しからぬ言葉があれば、それにつれて正しからぬ行為が生ずる。正しからぬ行為があれば、それにつれて正しからぬ生き方が生ずる。正しからぬ生き方があれば、それにつれて正しからぬ努力が生ずる。正しからぬ努力があれば、それにつれて正しからぬことに念い(おもい)をこらす。正しからぬことに念いをこらせば、したがって正しからぬことに心を専注することとなる
 
 比丘たちよ、智慧まずありて、よきことどもが生ずれば、それにしたがって慚愧が生ずるのである。
 比丘たちよ、智慧まずありて、智慧ある者となれば、それにしたがってまず正しい見方(※1)が生ずる。正しい見方が生ずれば、それにしたがって正しい思い(※2)が生ずる。正しい思いが生ずれば、それにしたがって正しい言葉(※3)が生ずる。正しい言葉があれば、それにつれて正しい行為(※4)が生ずる。正しい行為があれば、それにつれて正しい生き方(※5)が生ずる。正しい生き方があれば、それにつれて正しい努力(※6)が生ずる。正しい努力があれば、それにつれて正しいことに念い(※7)をこらすこととなる。正しいことに念いをこらせば、したがって正しいことに心を専注(※8)するようになるのである」
 
 
道相応には、「道」すなわち、お釈迦さまの指し示す究極の目標に到達するための実践に関するお経が集められています。中でも「八支聖道」は「八正道」ともいわれ、無為相応や他のお経の中でも「涅槃にいたる道」と明確に記されています。
 
漢訳されたそれぞれの言葉の意味を知ることから始めましょぅ。
《》内は漢訳です。
1、 正しい見方《正見》
2、 正しい思い《正思》
3、 正しい言葉《正語》
4、 正しい行為《正業》
5、 正しい生き方《正命》
6、 正しい努力《正精進》
7、 正しいことに念いをこらす《正念》
8、 正しいことに心を専注する《正定》
 
八正道とは?という問いに、正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定、と答えることは、簡潔でとても記憶しやすいのですが、意味を感じにくくなります。
 
八つの言葉にはそれぞれ大切な意味と心がありますので、ぜひ合わせ持っていただきたいと、このお経を八正道の一番にご紹介します。